ヘングレと魔法使い(パティシエ)
≪コンクール4≫
コンクール概要
一、 作品内容は自由
二、 材料も自由
三、 参加は、個人でもグループでも可
四、 制限時間は、3時間
五、 調理場面及び作品発表の場は公開とする
以上
今回、双子が挑むコンクールは兎に角、自由、その一言に尽きる。若いパティシエたちの、技術、発想力を限界まで表現する事をコンセントとしているためである。その為、他の大会の様に部門がある訳でもなく、使用材料が決められている訳でもない。
すべて、パティシエたちの腕にかかっている。
全てが自由であるが故に、かなりの難易度を誇るこのコンクール。そして、その難易度が故に、ここで入賞した者は一目置かれるようになる。
そんなコンクールの舞台に、双子は立った。
参加者たちは、いくつかのグループに分けられて厨房に立つ。その為、この舞台に立っているのは、双子を除いて10人程度。しかし、この大会の最大の特徴の一つである特殊ルールの一つ、調理場面の公開もあって会場に熱気がこもっており、数多くの視線と会場の空気に呑まれた参加者たち全員が緊張に包まれているため、重々しい空気が場のみこもうとしていた。だが。
双子は、顔を見合わせて笑った。そんなことは、どうでもいい。自分たちは菓子を作りに来ただけだ。
大会審査員の掛け声で、大会は、開始された。
ヘンゼルは、材料を混ぜ、生地を作る。
そこに乗せるのは、パティシエになりたいという想い。
グレーテルは、生地を菓子へと昇華させる。
そこに乗せるのは、嘗て憧れた、魔法使いへの想い。
クッキー、飴、スポンジ、生クリーム…。次々と作り出される菓子。
そして、双子はその菓子たちに、更に想いを託して、形を与える。
そこに、込めるのは、二人の原点と二人の全て。
あっという間に時は過ぎ。
双子が最後の菓子をのせ、作品が完成した時。
調理時間終了の合図が、響き渡った。
今回のコンクールでは、作った作品を、製作者が審査員の元に持っていき、その場で、製作者の口から、コンセプト等を発表するという方式がとられている。また、この段階もまた一般の人も見学することが出来るように、公開されている。つまり。
チラリ、と視線を走らせたグレーテルは、両親の姿を認めると、そっと、兄の袖を引いた。ヘンゼルは、妹を一瞥すると、微かに頷いた。彼も気付いていたのだ。
「大丈夫」
思いのほか力強い兄の声に、驚く。微笑を浮かべて、ヘンゼルは、視線を巡らす。その視線の先には、零覇がいた。その姿を見た瞬間、肩の力が抜けた。
「次、エントリーナンバー 21」
アナウンスが入る。双子の番だ。
「行こう」
顔を見合わせて、一度頷きあう。二人は、ゆっくりと、ステージに上がった。
審査員の前に出た、ヘンゼルは深呼吸を一度した後、ゆっくりとクロッシュを持ち上げた。そこから現れた、彼らの作品。それは。
「僕たちの作品の題名はHaus des Kuchens。お菓子の家、です」
お菓子で、作られた小さな家だった。
「僕たちがパティシエを目指すきっかけは、この名前の小さなお店でケーキを食べたことでした。その店のパティシエは、綺麗なお菓子をあっという間に作り出し、そのお菓子は皆を笑顔にしていました。その姿は、幼い僕たちには、まるでおとぎ話の魔法使いのように思えました」
「甘くて美味しいお菓子って、皆を笑顔にしてくれる、その顔が見たくてパティシエになったんだって言った彼の笑顔は本当に楽しそうで、私たちも、彼の見ているものを見てみたいと、彼みたいな魔法使いになりたいと思うようになりました」
「そこから僕たちはパティシエを目指し、僕たちのお菓子を食べて、笑顔になってくれた人が居ました。その笑顔を見て、例え誰に何を言われようとも、パティシエになって、もっと多くの人に笑顔になって欲しいと思うようになりました」
「そのきっかけを与えてくれたあのお店と魔法使い(パティシエ)への想い、そして、私たちはパティシエになって、皆を笑顔にするんだ、という誓いを作品に込めました」
代わる代わる作品説明をした双子は、そこまで一気に言い切ると、審査員たちに一礼した。そして、やおら振り返ると、零覇を見据える。彼は、表情を失った顔つきでこちらを見ていた。彼との賭けに勝つため、双子は勝負にでた。この作品は、彼にとって、何よりもつらい思い出でもあるからだ。だが、それと同じくらい、大切な思い出でもあるはずだ。双子は、それに賭けることにしたのだ。
今だ、無表情の彼に、グレーテルがわずかに体を震わせた。ぐっと、拳を握ったヘンゼルは、彼に向って一礼すると妹を促してステージを去った。
「まぁた、疲れ切ってんなぁ」
やることを全て終え、疲労困憊で戻ってきた双子を出迎えたのは、零覇の呆れ声だった。そのいつもと全く変わらない声と姿に双子は一瞬動揺したものの、今は、と動揺を押し込め、恨みがましい視線を向ける。
「ちょっと、弟子が精一杯頑張って大会終えてきたってのに、その反応は無いんじゃなくて⁈」
「ちょっとは、労ってくれても…」
何時もならなにも言わないヘンゼルまでもが、恨み言を言う。
「俺は、コンクールでそこまで疲労困憊ってなった事ないけどなぁ」
小首をかしげる零覇に、思わず殺気を向ける双子。目を泳がせた零覇だったが、すっと真剣な眼差しになって、それに、と言った。
「まだ、終わってないだろう?」
疲労の滲む双子の顔に、緊張の色が浮かぶ。調理は、終わった。そして、これから結果発表が行われる。三対の視線が時計に向けられる。
「そろそろか」
零覇が呟いた、その時。
「結果発表が行われます。コンクール出場者の方々は、会場に移動してください」
気合を入れ直すと、二人は会場に爪先を向けた時。零覇が何がをぼそっと呟いた。
「何よ?」
聞き取れなかったグレーテルが尋ねる。ヘンゼルも怪訝そうな表情を見せる。
「何でもない。行くぞ」
口早に言って、零覇がさっさと歩きだす。顔を見合わせた双子だったが、一旦疑問を棚上げし、彼の後を追った。
結果発表開会宣言、講評に続き、司会者に促された審査委員長が壇上に上がる。ついにこの時が来た。ヘンゼルは、ジワリと汗の滲んだ手のひらをズボンに擦り付ける。傍らのグレーテルは、そわそわと落ち着かない。この分だと、講評も聞いていたのか疑問である。
「それでは、早速結果発表を行います」
会場が、重苦しい空気に包まれる。
銅賞から、名前があげられていく。数名の名が呼ばれたが、双子の名は、呼ばれなかった。
次は、銀賞。そこでも、彼らの名は、なかった。
そして、金賞。緊張が最大まで、引き上げられる。ヘンゼルは、チラリとグレーテルの様子を窺う。彼女は、血の気の失せた顔をしていた。無理もない。これで、すべてが決まる。
「金賞」
ヘンゼルは、ぐっと目を閉じた。
「エントリーナンバー30 唯我 尊」
ぱっと目を開ける。血の気が一気に引く音が聞こえた気がした。隣では、グレーテルが口元を押さえ、今にも倒れそうな様相を呈している。ジワリと視界が歪んだその時。
「なお、今回から大会概要説明用紙に記載しておりました通り、審査員特別賞を設けることとなりました」
審査委員長の声が響き渡る。のろのろと顔を上げたヘンゼルがその言葉の意味を理解しようとした次の瞬間。
「エントリーナンバー21 稲菓煉叶、稲菓葛葉」
双子の名前が会場に響き渡った。一瞬何を言っているのか、理解できなかった。しかし、じわじわと理解が及び、顔を見合わせて。
「……やったぁ!!」
顔を真っ赤にして、涙を浮かべたグレーテルが飛び上がって叫ぶ。ぎょっとした視線が突き刺さって来るのを感じながらも、二人は抱き合って喜ぶことを止められなかった。必死に込めた想いが認められたことが、何よりも嬉しかった。
あっけに取られていた審査員長だったが、我に返り咳ばらいを一つすると、一言添えて締めくくった。
結果発表の後は、表彰式だった。双子は揃って壇上に上がる。
込み上げてくるものを必死で飲み下しながら、ヘンゼルは笑顔の審査員長から、賞状を授与される。受け取った賞状は、それ自体はとても軽いモノのはずなのに、とても重く感じた。隣で顔をくしゃくしゃにしていたグレーテルが、今度は前に進み出て、モニュメントを受け取った。モニュメントもまた、とても小さいモノであるのに、重かったのだろう。彼女は一瞬体を揺らしたが、それを押し抱き、勢いよく頭を下げた。振り返った彼女は泣き笑いの様な表情をしていた。ヘンゼルもまた、同じ表情をしていた。
そして、コンクールは終了した。
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