ヘングレと魔法使い(パティシエ)


≪コンクール3≫


 コンクール当日。


 会場に乗り込んだ双子は息をのんだ。今まで彼らがお菓子を作って来たのは、屋敷の少し立派な厨房と、零覇の部屋の小さなキッチンのみ。なので。


 「こんな広いところでやるの⁈」

 「というか、観客がたくさんいるんだけど⁈」


 想像以上に緊張しそうなステージに悲鳴を上げる。ただでさえ彼らの進退がかかる重要なコンクールであることから、数日前からかなりの緊張をしている二人にとってこの状況は恐慌状態に至るのに十分だった。


 「まぁ、特殊ルールを設けてるってのもあるけど、コンクールだぜ?こんなもんだろ」


 けろりとしているのは零覇ただ一人。フードをかぶって顔を隠している彼は、このコンクールも既に優勝しているので、そこまで緊張するものでもないと言わんばかりである。


 「ってか、何でフードなのよ」


 極度の緊張から、よく分からないところに食ってかかるグレーテルに今日ばかりは付き合うつもりなのか、流すことなく会話を続ける。


 「一応、俺、恨みを買いまくる程度には顔割れてるからな」

 「それでも、親友兼ライバルの所に挨拶に行こうって言う精神は無いのかい?」


 サラリと重い過去に触れられ、固まった双子だったが、二人が何か言う前に割って入った声があった。三人揃って振り向くと、暖稀が笑顔で彼らの背後に立っていた。


 「やぁ、三人とも久しぶり。元気だったかい?ヘンゼル君とグレーテルちゃん、今日は頑張ってね」


 そう言いながら、ガシっと零覇と肩を強引に組む暖稀。嫌そうな顔で悪友の顔を見た零覇が呟く。

 

 「なんで、いんだよ」

 「ちょっと、酷くないかいレイ?この大会について教えてあげたのも俺だし、控室に行こうと思ったら姿が見えたからせっかく会いに来てあげたのに。俺、そろそろ本気で泣いちゃうよ?」


 うう、と泣き崩れる真似をする彼の腕をべりっと引きはがすと、はっきりと言い切る。


 「泣きたいなら、勝手に泣け。いちいちうっとおしい」

 「控室…?」


 気を許し合っている者同士特有の気安げな雰囲気に、ほっと息をつき多少緊張がほぐれた二人。耳に飛び込んできた暖稀の言葉に首を傾げる。レイが冷たい、といじけていた暖稀だったが、ヘンゼルの呟きに、ああ、と顔を上げた。


 「俺、今回の大会の審査員なのよ」


 あっさりと暴露された事実に三人が目を見開く。


 「なるほど。だから、無理やりな参加が許されたって訳か」


 感心した風情の零覇に暖稀がそうそう、と頷く。


 「そうそう。という事で、感謝してよね。そのかわり、結果にはちょぉっと期待してるかね?」


 そうにっこり言い放つ暖稀に、双子が硬直する。悪戯が成功したような顔でクスクス笑うと、気が済んだのか、暖稀は、手をひらひらと降って去っていく。そして、零覇の脇をすり抜ける際、彼は零覇の耳に何事かを囁きかけた。目を見張った零覇だったが、そっと切なげで寂し気な笑みを一瞬浮かべた。

 双子はというと、再びプレッシャーに襲われ、意識が何処かに飛んで行っているようだ。その頭を零覇が叩く。


 「いい加減戻ってこい、お前ら」

 「だってぇ」


 グレーテルが半泣きで振り向く。ヘンゼルは倒れていないのが不思議なくらいに白い顔をしている。ヘンゼルはともかくグレーテルまで、と面白がっているのが丸分かりなその顔に、二人の恨みがましい視線が突き刺さる。


 「今回のコンクールに全てがかかってんですよ⁈それなのに、師匠は何でそんなに平然としていられるんです?」


 喚くヘンゼルに、そんな事か、と零覇はあっさりという。


 「そんな事、今は忘れちまえ」

 「!?」


 絶句する二人に、零覇がからりと笑い飛ばす。


 「今は、そんな事、心配する必要はない。だって、お前らは、菓子を作りに来たんだろ?だったら」


 零覇は双子の瞳を覗き込む。


 

 「なんのために菓子を作るかだけを、考えればいいじゃねぇのか?」



 そう言って、零覇は不敵に笑った。その笑顔に、双子は顔を見合わせる。知らず知らずのうちに二人の肩から力が抜け、どちらともなく苦笑を浮かべる。


 「何と言うか師匠らしい。や、いや、その通りだとは思うんだけどさ」

 「ってか、コイツに言われると、色々考えてんのがバカバカしくなってきたわ」

 「おい、どういう意味だそれは」


 あんまりなグレーテルの言葉に、零覇が半眼で突っ込む。グレーテルは、ふんとそっぽを向き、ヘンゼルも今回ばかりは、宥めようとしない。むっとした零覇が口を開いたとき。


 「コンクール参加者は、控室に移動してください」


 コンクール運営員が、声を張り上げる。その声に、三人の顔つきが変わる。


 「時間だな」

 「そうですね」


 双子と零覇が向かい合わせに立つ。先に口を開いたのは、グレーテルだった。零覇に指を突き付け、満面の笑みを浮かべる。


 「見てなさい!私たちの何もかも、叩きつけてやんだから!」

 「そして、賭けに勝つのは僕たちです」


 妹に負けず劣らずの闘志を秘め瞳で、ヘンゼルも宣言する。

 そんな双子に、ニヤリと笑うと、零覇は言う。


 「楽しみにしてんぜ。」


 思いっきりやってこい。その言葉に、双子はしっかりと頷いて、控室に向かった。


 そして、幕は上がる。

ツキナギ発狂日誌

法政大学多摩キャンパスに通う凸凹だけど中身はよく似たツキとナギが綴る日々の(発狂)日誌。

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