ヘングレと魔法使い(パティシエ)


≪零覇3≫


 その夜は、なんとなく重々しい空気が三人を覆っていた。特に何を話すというわけでもなく、淡々と食事の支度をし、淡々と食べ、淡々と時は過ぎていった。


 帰って来てからというものの、むっつりと黙り込んで何かを考え込んでいる零覇にヘンゼルとグレーテルは声を掛けられなかったのだ。しかし、いつまでも黙り込むということがグレーテルに出来るはずもなく。零覇を気遣ってそっとしておいているヘンゼルをよそに、ついに爆発した。



 「ああああああ!耐えられないっ!いい加減にしなさいよ!」

 「グレーテル⁈」



 いきなりまなじりを吊り上げて、喚きだした妹に目を剥くヘンゼル。だが、その様子を意にも介さず、ぎっと零覇を睨む。睨まれた本人はというと、静かに彼女に目を向けただけである。


 「言いたいことが、あるの?無いの?さっきから辛気臭すぎるっての!」


 そう唸りながら、零覇に詰め寄るグレーテル。だが、零覇のどこまでも感情が凪いだような瞳にたじろぐ。


 「こ、こっちだって、もう我慢の限界なのよ。ヘンゼルが無理に聞き出そうとするなって言うから大人しくしてたけど」

 「だったら、そこで口を慎みなさい、グレーテル!」

 

 遂に二人の間にヘンゼルが割り込み、眉を吊り上げた彼が鋭く言い放つ。


 「でも!暖稀さんは言ってたじゃん。零覇からちゃんと話を聞いてくれって」

 「それとこれとは話が別だ。彼は話を聞いてやってくれとは言ってはいたが、話を無理やりに聞き出せとは言っていない」


 冷ややかな声で痛いところを突かれたグレーテルが唇を噛んで俯く。その肩が小刻みに震えているのを冷ややかに一瞥すると、更に叱責をしようと口を開いた時だった。


 「いい、ヘンゼル。もう止めろ」

 「ですが」

 「いいんだ。どう話したらいいものか、そもそも話してしまっていいものか考えていたところだ。いいきっかけになった」


 気遣う様な視線を向けてくるヘンゼルに頷きかける。恐る恐る様子を窺ってくるグレーテルに目を向ける。


 「その前に、一つ聞きたいことが、ある」

 「なんでしょう」


 まだ、先程の叱責から気持ちの落ち込んでいるグレーテルに代わり、ヘンゼルが問う。


 「お前たちは、俺じゃなきゃダメだ、と言ったらしいな。俺も一回聞いた覚えがある。だが、正直俺はそこまでできた人間ではない。どうしてそこまで俺にこだわる?」


 その問いに双子は驚いた様子で顔を見合わせる。困惑気味にグレーテルが問いかける。


 「…、爺に、奉爺に聞いてないの?」

 「奉の爺さん?なんでまた、あの人の名前が…。もしかして、あの爺さんに俺の居場所を聞いたのか?」

「本当に何も聞いてないようですね…」


 二人は何とも言いようのない表情を浮かべていたが、やがて、グレーテルが肩を竦める。


 「…私たちが貴方の所に来て、貴方じゃなきゃダメって言ったのは、貴方が私たちの原点みたいなものだからよ」


 二人は零覇を真剣な目で見つめる。真っすぐに逸らさない、強い目。


 「僕たちは、昔、爺に連れられて貴方の店に行ったことがあるんです。そこで食べたお菓子の味と、貴方の言葉と笑顔が忘れられなかったんです」

 「あの頃の私たちにはアンタの姿が魔法使いに見えた。私たちもアンタみたいな魔法使いに、パティシエになりたいと思った。アンタが見ている景色を見たいと思ったのよ。ただ、それだけ」

 「…、あの店に、か。なるほどな」


 ふう、と息を吐いた零覇が懐かしそうに目を細める。切なげな笑みを零していたが、すっと真剣な表情に切り替える。


 「俺は昔、パティシエだった。お前たちもよく知っているように」


 そして、彼の昔語りは始まった。

ツキナギ発狂日誌

法政大学多摩キャンパスに通う凸凹だけど中身はよく似たツキとナギが綴る日々の(発狂)日誌。

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