ヘングレと魔法使い(パティシエ)

 注:基本的に、零覇視点は意図的排除をしています。その為、なんとなく展開が急に早くなったりすることがありますがご容赦ください。


≪零覇1≫


 そして、双子が零覇に弟子入り(仮)して一か月がたった。正式な弟子ではないという事で、零覇は積極的に何かを教えようとはしてこなかった。唯々双子の質問に答えを返すだけなのだが、それだけであっても零覇は二人の想像以上にスパルタだった。僅かなミスでも叱責と共にびっくりするくらいの量の罵詈雑言が飛んでくる。落ち込むレベルを通り越すその量に、ヘンゼルがいたく感心し、こっそり書き溜めている事は双子の秘密であり、最近のグレーテルの悩みでもある。



 切れた材料調達の為に、駅前まで出張ってきた二人は、買い物を終えると何時もの喫茶店に入って一時の休息を楽しんでいた。


 「ねぇ、やっぱりあのメモ帳捨ててくれない?」

 「ええ?嫌だよ。最近は結構溜まって楽しくなってきたんだから」

 「ダメだ、この兄。こんな残念な所があったなんて…」

 「ちょっと、グレーテル。何気に失礼って事、分ってる?…って、ちょっと!」


 頭を抱えて呻く妹に半眼を向けるが、グレーテルが頭を抱えた際、その隣の椅子に置いてあった袋に肘が当たり、勢いよく中身が散乱する。慌てて二人が拾い始めると、通りすがりの青年が、親切にも手伝ってくれた。


 「大丈夫?」

 「はい!ありがとうございます!」


 その優しい笑顔にグレーテルの顔が綻ぶ一方で、ヘンゼルは何かを考えるようにそっと眉を顰める。元気よく礼を言うグレーテルを微笑ましそうに見ていた青年は、二人の持つ袋に視線を移した。



 「もしかして、お菓子作りでもするのかな?」



 「はい!私たち、パティシエ見習いなんです。でも、どうして分かったんですか?」


  目を丸くするグレーテルに悪戯っぽく笑いかける。


 「俺もパティシエだからね」



 「ああ!思い出した!もしかして、月待(つきまち)暖稀(はるき)さんじゃないですか?」



 「月待暖稀って…あの有名な!?」


 急に叫んだヘンゼルにぎょっとした目を向けたが、その内容に更に目を見開いて青年―月待暖稀を凝視する。月待暖稀と言えば、知る人ぞ知る、日本の若手パティシエの中で一二を争う有名かつ人気パティシエである。暖稀は苦笑して肩をすくめる。


 「俺の事を知っててくれるなんて光栄だね」


 「知ってるも何も、日本若手パティシエ界のトップを争う月待暖稀と高落(たかおち)冷瑠(れいる)のツートップを知らないわけ無いじゃないですか!」


 その言葉に、暖稀はそっと目を細める。


 「ツートップ、ねぇ」


 悲し気な色が覗く暖稀の笑顔にヘンゼルが戸惑う。だが、その時立ったままであることに気付き、慌てて席を勧める。じゃあ、少しだけと言って座った彼は苦笑する。


 「…昔ね、凄い奴が居たんだ。そいつの作るお菓子は味はもちろん、見た目も誰にも真似できないほどに完成されていた。俺は、今でもアイツを追い抜けたなんて思えない。実際のトップはツートップ何て呼ばれてる俺たちじゃなくて、唯一無二の頂点であるアイツさ」


 パティシエを目指す者ならば誰でも憧れる人物の思いがけない言葉に二人は目を見開く。


 「そんな凄い人がいるんですか?どんな人なんですか?」

 「ちょっと、グレーテル!」


 好奇心に目を輝かせて深入りしようとするグレーテルを慌てて窘める。人の心の動きに敏感なヘンゼルは彼の言葉に違和感を覚えていた。チラリと目くばせすると、彼女は頬を膨らませてそっぽを向いた。オロオロしているヘンゼルに微笑みかける。


 「気を使わなくて大丈夫だよ」


 気付かれていたか、と目元を染めつつ目を伏せるヘンゼル。クスクスと笑った暖稀は懐かしむような目をする。


 「そいつはレイハって言ってね。今は、音信不通の雲隠れ中。傲岸不遜で口を開けば皮肉が出てくる奴だったんだけど、誰よりも菓子作りが好きで、お菓子のもたらす笑顔を撮ってファイリングするくらいには好きだったんだ。今回ここに来たのはアイツの目撃情報があったからなんだけど…」


 苦笑して肩を竦める。


 「会え無さそうかな」


 「…レイハ、さん、ですか」


 聞き覚えの在りすぎる名前に、微妙な顔を見合わせる二人。


 いや、確かにあの人は凄い人だけど、まさか、ね……?


 言葉に出さず目だけでの会話でその結論に達すると頷きあう。そんな二人に訝し気な表情を浮かべたものの、話題を変えようと別の話を振る。


 「そう言えば、二人はパティシエ見習いって言ってたけど、何処でどんな風に修行してるんだい?師匠は?」


 興味津々に尋ねてくる彼に微妙な顔を向ける。話題転換になっているようでなってないよな、と遠い目をしながら師匠の気だるげな顔を思い出す。


 「ええっと、師匠はびっくりするくらいやる気のない人で」

 「そのくせ、ちょっとしたミスでも罵声が飛んできて」

 「お菓子作りの腕はいいんはずなんですけど、自身はまずお菓子を作ったりしなくて」

 「しかも、弟子入りに行ったら行ったで、ちょっとした騒ぎを起こさなかったら今でも多分弟子入りできてなかった気もするし」

 「門前払いどころではなかったよね……。弟子入りの話をした時点でけんもほろろに追い返されたし」


 顔を思い浮かべただけで次から次へと勝手に口から出てくる散々な評価に、二人は顔を見合わせ、一瞬沈黙する。


 「…どうしてかっこ仮とはいえ弟子にしてくれたのかしら」

 「…さあ。あの夜誰かと電話してるっぽかったけど…」

 「そ、そりゃあ、愉快な師匠って言うか、修業は何処でも大変ではあるけれど、君たちはそれ中でも一番苦労するところに行ってしまったというかなんて言うか」


 最終的に出されたあんまりな感想に、流石の暖稀の顔が引きつる。言いながら段々やつれていく二人に同情の目線を向ける。


 「…。もしよかったら、ウチに来るかい?君たちは面白いし真面目そうだから歓迎するよ?」


 チラリと二人の買い物袋を見る暖稀。その願ってもない申し出に再び顔を見合わせる。人によっては喉から手が出るほどにありがたい申し出だろう。だが。

 二人は苦笑して肩を竦める。


 「とってもありがたい申し出ですけど、お断りさせていただきます」

 「何だかんだ言っても、結局のところ私たちはあの人に憧れてるんです。だからあの人に教えてもらいたいし、もう一度お菓子を作ってもらったり、あの人の満足げな笑顔を見たいんです」


 暖稀はニッコリと笑む二人を眩し気に見つめると、穏やかに微笑んだ。


 「そっか、残念。でも、そこまで言ってくれる弟子に出会えて幸せだろうねその師匠は。一回会って見たいけど、有名な人なのかい?」

 「有名…じゃないと思うんですけど…」

 

 またしても何とも言えない顔をした二人が目を泳がせる。首を傾げる暖稀に意を決したグレーテルが口を開く。


 「ウチの師匠、零覇っていって、この人なんですけど…」


 そう言ってスマホの写真を見せる。反射的に画面を覗き込んだ暖稀が固まる。そこに映っていたのはぼさぼさの髪をした気だるげな顔をした青年で。


 「れ…レ…零覇ぁぁぁぁ!?」


 彼の憧れにして、最大のライバル、親友でもあった、かつての天才パティシエだった。暖稀の悲鳴にも似た叫びが喫茶店内に響き渡った。

ツキナギ発狂日誌

法政大学多摩キャンパスに通う凸凹だけど中身はよく似たツキとナギが綴る日々の(発狂)日誌。

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