ヘングレと魔法使い(パティシエ)


≪弟子入り2≫


 「まったく、まったく、まったく、もう!何なのよあの男!あの時のお兄ちゃんは何処に行っちゃった訳⁈」

 「落ち着きなよ、グレーテル」


 暫く歩いていると、ようやく再起動したようだ。いきなり喚きだした妹を窘める。ついでに一休みしつつ、今後の事を、そして、変わり切った零覇の事を話そうと、偶々見つけた公園に入る。ベンチに座って頬を膨らませる妹に苦笑する。


 「それでぇ?何がどうなってるのよ」

 「それは僕にもわからないさ。分ることと言えば…」


 そう言って振り返る。その公園から、彼のアパートが見えた。


 「パティシエの仕事関係で何かあったという事かな」

 「何かあった、てどういう事よ」


 訝し気に首を傾げるグレーテルに肩をすくめて見せる。


 「だから僕にもよく分からないって言ったろ?ただ、パティシエの話題を出した時に彼の様子がおかしかったことと、爺が渋っていたこと、そして」

 「見捨てないでください、って言葉」

 「そう」


 真っすぐに目線を合わせる。


 「きっとそれを踏まえて頼まないと、永遠に同じところで足踏みだ」

 「じゃあ、爺に聞いてみる?一体何がどうなってんのよって」


 むっとした表情を浮かべるグレーテルに首を振る。


 「いや、それじゃダメだ。それに」


 そっと目を合わせて語り掛ける。



 「人には知られたくない事を、皆それぞれ持ってるだろ?それをコソコソ勝手に調べるのは、マズいと思う」



 ぐっと押し黙る妹にそっと息を吐きだす。そうは言ったものの、どうしたものか。

 いきなりの立ちふさがる難問に二人して沈黙した時だった。



 「…?あれ?」

 「うわぁ!」


 急にグレーテルが立ち上がる。思考に没頭しており無防備だったため、その動きに意表を突かれ転がるヘンゼル。涙目で睨みつけるも、何かに夢中なグレーテルは気付かない。


 「一体今度は何?!これ以上の面倒は持ってこないでくれない?!」

 「ねぇ、あの子」


 真っ当な抗議を軽く無視されついに何かが吹っ切れたヘンゼル。しかし、その口を開いた瞬間に、いつになく真剣なグレーテルが目に入り渋々付き合う。こうなったグレーテルにまず話は通じない。


 彼女の視線を辿ると数人の少年たちのグループが目に入った。遊んでいるのだろうと思ったが、よくよく見ると少し違う気がする。あれは、遊んでいるというより…。


 「こらぁ!人を虐めるとは何事かぁ!」


 グレーテルが勢いよく飛び出していく。そう、遊んでいるのかと思ったが、その実、数人の少年が一人の少年を虐めて楽しんでいたのだ。鬼の様な形相で飛び込んできたグレーテルに少年たちが脱兎のごとく逃げ出していく。ふんっと満足げに胸を張るグレーテルを一瞥し、やれやれと嘆息すると、ヘンゼルは少年の脇に片膝をついた。


 「…大丈夫?」

 「…平気、です。ありがとう、ございます」


 よろよろと立ち上がった少年は小さく呟く。決して目を合わせようとしない彼の様子にヘンゼルが口を開いたとき、一歩早くグレーテルが呆れ声を出す。


 「アンタ、ホントに男ぉ?しっかりしなさいよね。虐められるとか信じらんないんだけど」

 「グレーテル!」


 ヘンゼルの叱責の声に悪びれた様子もなく、鼻を鳴らす。ふるりと震えた少年が俯く。


 「ごめんね、悪気はないんだ。この子は思ったことをそのまま口に出しちゃうタイプで」

 「だって、言わなきゃ伝わらないこともあるんだし、溜め込む方が疲れるから嫌。それに、はっきり物言えない人とか、色々詰んでる気がする」

 「言って良いことと悪いことについて学んでくれ、頼むから」


 少年の肩が小刻みに震えているのに気付き、グレーテルを睨むヘンゼル。しかし、自分の感情に素直な彼女は謝る気も黙る気も無い様だ。声もなく睨みあう二人の耳にか細い声が届く。



 「…どうして、余計なことしたんですか?」



 「…はぁ?」

 「ほっといてくれればよかったのに」


 俯いたままぼそぼそと言う少年にグレーテルの額に青筋が浮かぶ。


 「僕は、鈍くさくて、何もできなくて、性格も暗くて、友達もいなくて。そんな僕たちに皆は声を掛けてくれたんだ。さっきのはただ遊んでいただけで、虐めなんか」

 「だまらっしゃい!」


 ぶちっと何かがキレた音と共に、グレーテルが噴火する。少年の胸倉を掴み上げ、キャンキャンと喚きだす。


 「さっきのどこが遊びよ!何が友達よ!理解できるように説明しろ!」

 「あ、あなたには分らない!」

 「当然よっ。分ってたまるかぁ!!」

 「グレーテル」


 肩で息をし始めた妹を宥める。そしてその手を離させると、そっと屈んで少年と目を合わせようとする。それでも合わない目をじっと見つめる。


 「友達ってさ、対等であるべきじゃないのかな。さっきの君たちは明らかに対等には見えなかったけど」

 「だからッ」

 「キツイこと言うかもしれないけど、それって友達とは言えないと思う」

 「っ!」


 引きつったような音を立てて、少年が息を吸い込む。きつく噛みしめられたその唇を痛まし気に見つめる。


 「だって、だって、今の関係じゃないと、仲間に入れてもらえない。辛いこともあるけど、独りよりはずっといい!」


 「確かに、彼らの態度は、ちょっといただけないかな。でもね」


 彼の頬に手を当てて、強引合わない視線を合わせると少し厳しめに見据える。


 「君にも原因が無いとは言えないと思う」


 思いがけない言葉に狼狽え瞠目する。困惑顔に見返してくる少年に険しい顔を向けて言う。



 「友達って対等な関係の事でしょ?なのに、君はちょっと引いてびくびくしながら皆の後ろをついていってないかい?それだったら、いつまでたっても対等な関係として認めてもらえないし、それが、相手にとって歯がゆく思えることもあるんだよ」



 目を見開いて凝視してくる少年に微笑みかける。


「何も知らないくせに」


 震えるか細い声で呟き、キッとヘンゼルを睨みつける少年。絞りだす様なその声とその眼に溜まった涙を見て、ヘンゼルがそっと目を細める。


 「ヘンゼルはそういうの見抜くの得意だし、ヘンゼルがそういうなら、そうなんじゃないかしら」


 それと、人間、図星を突かれると反射的に起こるモノよ。


 肩をすくめるグレーテルに、一瞬ぐっと押し黙った少年は、大きな瞳を揺らして叫ぶ。


「仕方が無いじゃないか!友達になりたくて、で、でも、どうしたらいいのか分かんなくて、我が儘言ったら嫌われちゃうんじゃないかって!」

 「うーん。友達になりたてだったら言いたいこと言ったり、ちょっとした我が儘とか、お願いとかするのがいいと思うんだけど。さっきの感じからしてもう手遅れだよなぁ」 


 その返答に、小刻みに震え俯く少年。グレーテルが代わりに食い下がる。


 「何か、考えはないわけ?」

 「この子達の年的にあるとしたら……、一番手っ取り早い方法で何か得意な事とかで認めてもらう…とか、かなぁ」


 困ったように言うヘンゼル。ちらりと少年を見るが、更に彼は沈み込んでいた。やっぱり特技と言う特技は持ってないか。サラリと失礼な事を頭の片隅で思いつつ、頭を再びひねった時、グレーテルが呑気に言い放つ。 


 「なぁんだ、あるじゃん打開策。それで行こうよ」

 「あのね、グレーテル。彼の顔を見てからそういうことを」

 「特技が無いんでしょ?そんなこったろうと思ったわよ」


 けろりと言うグレーテルに、少年が本格的にダメージが加わる前に口を塞ごうと、ヘンゼルが思ったその時。


 「特技がないなら、特技作っちゃいなさいよ。私たちがいれば、どうにかなるわよ」

 「はぁ?」


 素っ頓狂な声を上げる兄に悪戯っぽく笑う。



 あ、マズい。



 そのグレーテルの顔をみて、ヘンゼルは器用にも顔を引きつらせつつ遠い目をする。そんな兄の様子にお構いなくグレーテルは高らかに言い放つ。



 「お菓子よお菓子!その子は特技が作れる。子供は甘いものが好きだし、甘いもの仲直りくらい簡単に出来る。それに、これを利用してあの男にぎゃふんと言わせてやる。一石三鳥よ!」

ツキナギ発狂日誌

法政大学多摩キャンパスに通う凸凹だけど中身はよく似たツキとナギが綴る日々の(発狂)日誌。

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