ヘングレと魔法使い(パティシエ)
≪家出3≫
「それで?ここが、家出先な訳?」
「違うに決まってんでしょ。ここは一時中継地点」
そう言って連れていかれた場所は一軒の小さな民家だった。最早どうにでもなれ、と言わんばかりの兄を放置すると、グレーテルは意気揚々とインターホンを鳴らした。ややあって現れた初老の男は二人の顔を見て目を丸くした。
「久しぶりね、爺。貴方が不当に解雇されて以来かしら」
「ちょっと、グレーテル!」
顔を見て早々不穏な挨拶をする妹を慌てて宥めるヘンゼル。突然の訪問に驚いていたようだが、少しも変わらない二人の様子に相好を崩した爺―奉(まつり)は、そっと挨拶を返してくる。
「お久しぶりです、お坊ちゃま、お嬢様。不肖、爺、お二人のお元気そうなお姿を拝見できて感激に打ち震えておりまする」
爺は、かつて双子の家に執事長として仕えていた。だからこそ、幼い頃、双子を連れ出すことができ、その事に対し叱責を受けながらも暫くは彼らに仕えていたのだ。それが一転したのはある出来事がきっかけだった。その余波を受けて暇を出されたことを、爺は気にしていないようだったが、グレーテルが不当な解雇だと今でも憤っている。
「お嬢様。老いぼれの為に怒ってきださるのは嬉しゅうございますが、仕方がなかったことでございましたし、そろそろお怒りを鎮めてくださいませ」
「嫌よ。どう考えたって不当だわ。それい、お父様もお父様だけど、一番気に食わないのは、元凶のあの人よ!」
「グレーテル…」
お茶を用意してきた奉はむくれているグレーテルと頭を抱えるヘンゼルに苦笑する。そっと目の間にカップを置くと、たちまち二人の顔が輝く。
「ロイヤルミルクティーで御座います。気分も落ち着かれるでしょう」
「爺のロイヤルミルクティーかぁ。久しぶりだ」
暖かいカップを手に和む双子。幼いころから見守ってきた二人が、素直に、そして立派に育ってくれたことが嬉しくて、目を細める。彼が屋敷を辞した後の事が少々不安だったのだが、心配はいらなかったようだ。
「それで、どうしてお二人はこのあばら家に?ここに来ることも大変で御座いましたでしょうに」
「そりゃあ、爺の顔を見に来たに決まってんでしょ!」
そう言って満面の笑みを見せてくれたことに感動する。目頭が熱くなった。本当にご立派になられて、と言葉も無くむせび泣く。
「それで、何だけどね。ちょっと頼みたいことがあったのよ」
「何でございましょう。爺に出来ることでしたらなんでもお手伝いしますぞ!」
勢い込んでいった彼の視界の隅でヘンゼルがそっと顔を逸らした。
「いつか行った、ケーキ屋の魔法使い…お兄ちゃんの居場所が知りたいの」
「ああ、彼、零覇の居場所ですか。構いませんが…一体何を?」
訝し気に聞く爺。嫌な予感がする気がするが気のせいだろう。これ程立派になられた方々が何かをやらかすなど…。
「実はね、家出してきちゃったんだ!このまま、魔法使いの弟子になろうと思って。だから、何処に行けば会えるのかを聞きにきたの!」
…前言撤回。まだまだ、一人前には程遠い。お坊ちゃま、お疲れ様でございます。
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