落ち着かない
興奮で朱く上気した頬。少しばかり荒くなった息。爛々と輝いている瞳。……なんて表現すると、些かあやしい雰囲気が漂っているように思われるが、ご安心ください、お客様。こちら全年齢対象版です。
「やはり落語はいいな、三尾君! すごくいい!」
初デートが落語、というのは些か色気に欠けるかとも思ったが、どうやらアタリだったらしい。さすが芳賀さん。ツボが普通の女の子と全く違う。新聞屋のおいちゃんに寄席のタダ券をもらっておいて正解だった。何やら六か月連続購読の特典だったらしいが、きっとこんなことがない限り消費されることはなかっただろう。俺の家はどうしてか文化系に弱い。
「喜んでもらえて良かった。落語を聞くのなんて小学校の国語以来だったけど、すごく面白かった」
「むむ、小学校以来か。勿体無いな。最近ではインターネットで音声配信や動画配信もやっているのに」
「へぇ、知らなかったな。今度聞いてみよう」
一つ一つの話が短いから良い息抜きになるかもしれない、と続ければ、芳賀さんは深く頷く。
「気軽に聞いてみるといい。勉強に詰まった時なんかに聞いたら最後、笑い転げて立ち直れなくなるぞ? 事実、私も笑い転げた挙句、その後数分間はひぃひぃ言いながら床とお友達になったことがある」
……何それ、すごく見てみたい。普段、常に余裕のある表情を崩さない芳賀さんをそんな状態にするなんて、落語恐るべし。そういえば、今日も落語を聞いている間、肩がかなり震えていたような気がする。俺も笑うので忙しかったが、彼女も笑うので忙しかったということだろう。……もっとよく見ておくんだった。
「……それはすごいな。何かおすすめはあるか?」
「ふむ、そうだな。志の輔の『ハンドタオル』がいいな。あとは同落語家で『バールのようなもの』か。いい腹筋の鍛錬にもなる」
「主に笑い過ぎで、か?」
「ご明察」
見ろこの腹筋、と胸を張った芳賀さんは、今日は普段より少しばかりテンションが高い。言っておくが、服は脱いでいない。腹筋も胸も見ていない。彼女はその服装についてあまり頓着しないようだが、そのせいで、世間一般の女の子よりも大分その体が細いことがよく分かる。しかも、不健康そうな細さなのだ。不眠、不摂生あたりが原因だろうから、もう少ししたら彼女用の弁当を用意するようにしてもいいかもしれない。食生活だけでも、と思う。世間一般から見れば過保護だと言われそうだが、生憎と気にするつもりはない。……が、まぁそんなことを考えるのは後にして、今は彼女と話す時間を大切にしよう。
「いや、落語家はすごいな。音声のみにしても、ああいや、音声のみの方が面白い落語家もいる。私としては『ハンドタオル』は音声のみを推奨する」
「へぇ、そりゃまた何で?」
落語家の表情や手振り身振り、扇なんかが話のいいアクセントになるのは、先程行ってきた寄席で実感したのだが。
「確かに身振りがあった方が面白いものもあるが、『ハンドタオル』は落語家の語りがとても大袈裟でな。音声のみでも登場人物の動く様子がありありとわかる。寧ろ、動画を見るよりも、脳内で彼らの動きを想像した方が生き生きと動くのさ」
「なるほど」
「聞いてみたらわかると思うが、本当に大袈裟すぎるくらい大袈裟な演じ方なんだが、不思議と耳に馴染むのさ。聞いているうちに違和感がなくなっていく。あとは……」
「……要はつべこべ言わずに一回聞いてみろ、ってことだな?」
芳賀さんは語りたいことがたくさんあるようだったが、珍しく如何にもまとまらないようだったので確認してみれば、彼女は釈然としない様子ながらも頷いた。
「まぁ、そうだな。……ふむ、今日は如何にも話に落ちがつかん」
らしくないな、と芳賀さんは苦笑した後、しかし何かを思いついたのか、にんまりと笑って俺を見た。
「私はもしかしたら、君とずっと話していたいから落ちをつけたくないのかもしれないな、三尾君」
……俺が落ちつかないんですが、それは。
落語『ハンドタオル』を聞いて。まさかそんなテーマになるとは思ってなくて焦ったww
三尾君は一生芳賀ちゃんに振り回されてればいいと思う。
三尾君に逆襲させようとしたこともあったけど、悪い三尾君、俺には君が芳賀ちゃんに勝てるVisionが一切合切見えなかったよww
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