ヘングレと魔法使い(パティシエ)


≪コンクール2≫


 結論を言えば、彼らの交渉は成立した。


 実際の所、そんな賭けの事など知るか、今連れて帰ると息巻く勝唯だったが、以外にも、それを止めたのは、慈愛だった。



 「ここで、二人を無理やりに連れ帰ったところで、同じことを繰り返すだけでしょう。それならば、いっそこと、ここで気持ちの整理をさせてはいかがでしょう?このコンクールを通して家に帰ることに納得するなり、私たちを納得させるなりさせましょう。そうでもしなければ、いつまで経っても双方納得はしないでしょう」



 たおやかな、いかにも大財閥のお嬢様であり、奥様と言った慈愛が口を挟んだことに皆が驚いたものの、彼女のいう事に一理ありと認めた勝唯が渋々引き下がったのである。



 そして、勝負はコンクールに定められた。



 両親が帰ったあと、双子は、黙ったまま底冷えのする笑顔を浮かべた零覇に震え上がりながらも、事情を話した。


 自分たちが大財閥の跡取りであること、幼い日の零覇との出会いの事、どうしてもパティシエになりたくて家出をしてきたこと、家出に関しては奉が協力してくれたことなど。


 時間はかかったが、零覇は黙って最後まで聞いてくれた。話し終えて双子が恐る恐るその顔色を窺うと、彼は思いっきり呆れたという顔をしていた。


 「めちゃくちゃだな、おい」


 聞き終えた第一声にそう言うと、呆れ顔を隠そうともせず、腕を組んだ。乾いた笑いを浮かべるヘンゼルと、既に開き直ってあっけらかんと笑うグレーテルの頭に、取り合えず、今までの迷惑分と言って拳骨を落とす。痛みに悶える二人だったが、耳に飛び込んできた言葉にピタリと動きを止めた。


 「だがまあ、嫌いじゃない」


 揃って顔を上げると、零覇は優しいまなざしを双子に向けていた。にやりと悪戯っぽく笑い、目を輝かせた彼は、心底楽し気に言う。

 

 「面白れぇじゃねぇか。あのわからず屋のアホ親父どもの度肝抜いてやろうぜ。俺たちも色んなもの掛けてることだしな」


 そこには、かつて双子が憧れたお兄さんの姿があった。それは、どんな言葉よりも、双子を奮い立たせるものだった。双子は顔を見合わせて、笑う。



 そして、彼らのコンクールに向けた作品づくりが始まった。



 「だぁかぁらぁ!そうじゃないってヘンゼル!それはこっち!」

 「あ、ごめん」

 「しっかりしてよ!コンクールまで日が無いんだから。それで、この部分の事なんだけど…」

 「ああ、これ?これだったら…クッキーでどうにかなると思う」

 「出来るの⁈」

 「うん。師匠にもいろいろ技術的な事、教わったしね」


 わいわいがやがやと作品を作っていく。グレーテルが作品のデザインを担当し、それを技術的な面で、ヘンゼルがサポートしていく。零覇はというと、技術面でアドバイスを時折するのみで、それ以外はいつもの様にグダグダしているか、双子の様子をじっと見つめているだけだった。だが、それは双子の想定内でもあったし、今の自分達に出せる力で自分たちの想いや願いを作品にのせたいと思っていたため、双子は零覇の様子を気に掛けることなく、着々と完成を目指す。



 そうして日々は過ぎて行き。



 約束のコンクールの日が訪れた。

ツキナギ発狂日誌

法政大学多摩キャンパスに通う凸凹だけど中身はよく似たツキとナギが綴る日々の(発狂)日誌。

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