聖バレンタインの日
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。お菓子作りは上手くいきましたでしょうか?
残念ながら、僕はお菓子作りなんて面倒なことはしない主義なので、かぁわいいツキちゃん……ゲフン、ツキさんの様に何も作ってはおりません。作ろうと思えばできないことはないと思いますが……相手いませんし、料理等の家事すら面倒な僕にはハードルが高いので一も二もなくパスしました。はい。
それはそうと、今日はバレンタインという事でお菓子は作っていませんが、ツキさんにならい、読者さんたちの為にささやかな贈り物を作らせて頂きました。
何となーく、な感じで書いてたら。
甘い、そして、なんかよく分からん!
という作品になってしまいました……。それでも良いと言ってくださる方、どうぞお楽しみください。
まだまだ日が短く、早々に茜色に染まった光が差してくる教室で、俺はおもむろに自分の机に手を突っ込んだ。これでもか、と詰め込まれた可愛らしいラッピングの山から、一枚の紙を発見し、開く。
クシャリ。
俺はその紙を握り潰した。
ため息を堪えつつ、俺は手早くラッピングの山を紙袋に押し込み、教室を出た。チラリと時間を確認する。
この時間なら……。
学校の生徒玄関に向かった俺は、ある生徒の下駄箱を背で隠すように寄りかかると目を閉じた。さほどせずに軽い足音が近づいて来る。少し離れた所で一旦止まったその足音は、すぐに近づいてきた。
「やあやあ、こんな所で何をしているんだい?」
ゆっくりと目を開けた俺は、少女を一瞥した。何の用でしょう、と大げさに書かれたその涼やかに整った顔の後ろで、高く結った艶やかな黒の長髪が揺れる。ため息をかみ殺した俺は、ぼそりと呟く。
「どういうつもりだ?」
その呟きをきちんと拾った少女は、肩を竦めた。
「別に?ちゃんとみんなと一緒に君の机の中に入ただけだけど?”チョコレート”」
「と、書いてある紙ならあったけど」
「差出人書いたつもりないんだけど、よく分かったねぇ」
しゃあしゃあと言い放った彼女はスタスタと歩き出す。俺はかみ殺すことが出来ない程大きなため息をつき、天を仰いだ。
彼女とは住んでいる家が近い。所謂、幼馴染だ。
彼女は美しく、品行方正、常に平等、頭もよく、俺たちの高校の生徒会長を務める生徒からも教師からも信頼と人気を集める完璧を絵に描いたような女だった。
兄弟の様に育ったこの美しい幼馴染を好きになったのはいつだったのかはっきりはしない。ただ、気付いたら好きになっていた。それを自覚した中学2年の頃からそれとなくアプローチをしてきたのだが、華麗にスルーされ続け、挙句には凄まじい勢いで逃げられまくった。
理由は簡単。
実は、彼女は恐ろしくズボラで面倒くさがりなのだ。
「ったく、必死に追いかけまくってどうにかこうにか手に入れたってのに、付き合ってからもその態度かよ」
校門を出る所で彼女に追いついた俺は恨めし気に彼女を見た。彼女は意に介さない。
「校内一イケメン、トップクラスの頭の良さを誇り?女子にやさしく気さくで明るい?挙句に運動神経抜群でサッカー部のレギュラー?そんな女子に囲まれちやほやされるために生まれてきたような男は面倒だから断じてお断りだったのを、あまりにしつこいから折れてやったんだ。それくらい我慢するんだね」
全ての行動の根拠が面倒か面倒じゃないかが基準の彼女。頭がいいのも、色々言われるのが面倒。先生にも生徒にも人気があるのは、よくある嫉妬が云々かんぬんが面倒。それらを真顔で言う彼女は、彼の評判の良さを聞いて早々に彼の元を去った。
理由を聞いた俺に至極嫌そうな顔で、面倒だから近づいてくんなと言われた時の事は忘れられない。あまりに理不尽過ぎて、何処が平等だ!と思い切り叫んだのはいい思い出だ。
チラリと近くに細い路地があるのを見た俺は、彼女の細い腕を掴むと引きずり込んだ。
「だからと言って仮にも彼氏に向かって冷たすぎだろ……」
女子に騒がれる流し目をするが、呆れた顔を向けられるだけだった。
「女には困ってないんだろう?紙袋まで持参したイケメン君?」
「……仕方ないだろう。貰ったモノを捨てる訳にもいかないんだから」
「……相変わらず律儀だねぇ。んで、受け取り拒否しようとしたら机の中が一杯になったと。まぁ、そんなこったろうと一つでもチョコの数を減らす貢献をした私を褒めるんだね」
痛いところを呆れ顔でついてくる少女に、俺は苦虫を噛み潰す。その一瞬の隙をついてスルリと俺の腕から出た彼女。あの紙はそういう事だったのか。というか、好きな女からは貰えず、他の女から山ほどとは一体どんな罰ゲームだ。目元を覆った俺は今日何度目かのため息をつく。少々、どころかかなりのダメージを負っている俺の耳に涼やかな声が届く。
「とはいえ」
その声に顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、夕日に照らされた少女の顔だった。じっと俺を見つめた彼女は一瞬躊躇ったが、勢いよくまくしたてる。
「全部食べたら口の中が甘すぎて嫌になるだろうから、さっぱりできるようにウチにフルーツタルト、作ってある」
不自然に目を泳がす彼女を呆然と見つめる俺。フルーツタルト。その言葉に俺の口元がほころぶ。
「へぇ。俺の好きなモノ覚えてたんだ」
夕日に染められた赤い顔がますます赤くなった気がするのは俺の願望だろうか。ニヤニヤと笑う俺を見た彼女は勢いよく後ろを向く。
「ただの気まぐれだ!」
このツンデレめ。クツクツと笑いながら路地から出ると、彼女は俺を一瞥してきた。
「そもそも、お前は冷たいだの何だの言うが、紙も今の状況も、相手はこの面倒くさがりの私だぞ?」
それだけ言って足早に歩き出す少女。俺は首を傾げる。
そういえば、面倒かそうでないかが基準の彼女が、いたずらもどきであるとはいえ、わざわざ俺の机にそんな事をしに来るか?それに、騒がれるのが面倒だと普段は俺の姿を見るだに逃げ出す彼女と今一緒に歩いている……。
込み上げてきた笑いと愛おしさに喉を鳴らしながら俺は彼女を追いかける。
夕日が優しく俺たちと俺たちの歩く道を照らしてくれている気がした。
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