芳賀さんはジャガイモがお好き

「三尾君。君って奴はさ、どことなくジャガイモに似ているな」

「……は?」 

 ぽそり、と呟いた芳賀さんは、きっと呆けた顔をしているであろう俺の弁当箱から肉じゃがのジャガイモを摘まんで、その口に放り込んだ。殊更にゆっくりと咀嚼し、静かに嚥下して、彼女は満足気に笑む。 

「ふむ、なかなかに美味」 

「そりゃあ、どーも」 

 芳賀さんが俺の弁当を勝手に摘まむのは、別に今に始まったことではない。 

「他人の手作りほど美味な料理はない。三尾君のは弟君の弁当も一緒に作っているせいか、気遣いに溢れて殊更に美味いのさ」 

 それが彼女の言である。そんな彼女が持参する昼食は、決まってコンビニの菓子パンだ。それを毎度のように「機械の味がする」と言いながら頬張っては、「やはり三尾君のが美味い」と言って俺の弁当箱からおかずを奪い去っていく。俺が自分の弁当箱に彼女への気遣いも詰めるようになったのはもう随分と前のことだ。結局、彼女とはかれこれ5年もの付き合いになる。生憎と、男女であるのに色恋のいの字も見当たらないが。 

「ところで三尾君。陸上の短距離、優勝おめでとう」 

「おう、ありがとう」 

 突然の話題変更は、芳賀さんの得意技である。最初のうちは、唐突であまりにも突拍子もない話題が、急カーブを描いてすっ飛んでくるものだから、デッドボールは日常茶飯事だった。彼女の中では何かしらの一貫性があるようだが、俺は未だに理解できていない。彼女の思う儘に流されるのが吉、なのだ。 

「陸上部の奴らはどうだ? 少しは君に触発されてやる気が出たんじゃないか?」 

「いいや、全く。最初だけさ。あの三日坊主にすらなれない阿呆共が」 

「やはりか。嘆かわしいな」 

「……わかってて聞いたのかよ」 

「確認のためさ」 

 にんまり、と笑って芳賀さんは頷いた。正直、今の会話のどこに面白みがあったのか、俺にはよく分からない。彼女のツボがどこまでも独特であるのは既に察している。 

「土壌が悪ければ、良い作物は育たない。種を植えても、その作物は普通、実をつけるどころか、芽生えることすら儘ならない。実に嘆かわしいことだとは思わないかい、三尾君」 

「まぁ、そうだな」 

 嘆かわしいと言いながらも、芳賀さんの口元はやはりにんまりと弧を描いており、楽しそうだなぁ、と半ば現実逃避を開始しつつ相槌を打つ。彼女のこの楽しそうに話す様は、俺も嫌いではない。

「仮令、芽生えたとしても、だ。土壌が悪い場所はだいたい気候条件も悪い。雨が多かったり、異常に乾燥したり、極端に寒かったり。ああ、最悪なのはきっと霰だな。あれは実も花も葉も駄目にしてしまう。……被害がないのは根っこくらいだろう」 

 やれやれ、と肩を竦めた芳賀さんは、その視線をちらりと俺に遣って同意を求めてくる。素直に頷いてやれば、彼女も満足気に頷いた。 

「昔、アイルランドは土壌があまり良くなかったらしい。さらには寒いし、霰もよく降る。さっき言った通り、作物にとっては最悪だ。そこに投入されたのが、ジャガイモさ」 

「へぇ、ジャガイモ」 

「ジャガイモは寒さに強い。しかも年に複数回収穫が可能。どこぞの誰かさんは小麦の三倍の生産量があると言ったとか。それに、ジャガイモの食用部分は根っこ、地下茎だ。霰でどうこうされることもない。作物の育ちにくいアイルランドにとっては、正しく救世主だ」 

 救世主。きゅう、せい、しゅ。口の中だけで反復すれば、その言葉は不思議とガラクタのような矮小な印象を俺に与えた。きっとそれは俺自身の矮小さをそのまま映したものだろう。その言葉が示す存在になれなかった、矮小で、チープで、ガラクタのような、俺が抱いた嫉妬。 

 俺はジャガイモにまで嫉妬するのか、と勝手に自己嫌悪に陥った俺を気にすることなく、芳賀さんは話を続ける。 

「アイルランドにはジャガイモを使った料理が多い。アイリッシュシチュー、コルカノン、ボクスティ、その他諸々。ジャガイモが食料としてよく普及したのもあるが、やはり美味であるからよく使われたのだろうな。甘味が強く、塩味と相性が良い。熱せば、さらに甘味が増す上に、ほくほくとした優しい食感がこれまた堪らない」 

 私も大好物だ、と笑んで芳賀さんはまた俺の弁当箱からジャガイモを摘まむ。ああ、ご満悦だ。 

「にしても、三尾君。よくも君はあんな悪環境な部活のなかにいて、大会で優勝なんてできたな。プレッシャーを雨あられのように降り注がせるしか能のない顧問に、やる気のない部員共、整備されていないグラウンド。最悪じゃないか」 

「まぁな」 

 話題が俺の部活の話に戻ってきた。昼休みの残り時間を鑑みるに、そろそろ話のシメに入るのだろう。……が、少し雲行きが怪しい。 

「悪環境にもめげずにきっちり収穫を得て、こんな偏屈で面倒くさい私の話に付き合ってくれるほど甘くて、優しくて。でも自身を蔑ろにする奴らには容赦なく毒づく。……ああ、君は正しくジャガイモだ」 

 ぱちり。芳賀さんの愉快そうに細められた目が、俺の目を捉える。 

「ところで、三尾君。私はジャガイモが好きなのだが」  

ツキナギ発狂日誌

法政大学多摩キャンパスに通う凸凹だけど中身はよく似たツキとナギが綴る日々の(発狂)日誌。

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