鶴野ってこんな奴
それいけ!鶴野さん!
ツキ
「あれは今からざっと八〇〇年前のことだった……」
ああ、また始まった、と最近めでたく先輩刑事となった難破聡治(なんばそうじ)は溜息を吐いた。
警視庁捜査二課の中にはある特殊な係がある。それが『鶴の仇返し係』、通称『鶴野係』である。なにを言っているのかわからないとは思うが、正直なところオレ自身にもよくわかっていない。詐欺対策課の闇である。鶴野係の長である小路井柵太(おじいさんた)刑事と詐欺師の鶴野恩之丞(つるのおんのすけ)との因縁は、小路井刑事曰く前世からのものとのこと。鶴野係になった者は耳にタコができるほど聞かされる話だ。毎度長い話なものだから、小路井刑事の語りをBGMにオレがさっくりと要約して話してやるよ。
「俺の前世は御伽噺で有名な鶴の恩返しのおじいさんでな……」
どこまでが本当の話なのかは知ったこっちゃぁないが、小路井刑事の前世は本人も言った通り、鶴の恩返しのおじいさん。そう、あの。罠にはまっちまった鶴を助けたら、次の日の晩にえらい別嬪のお嬢さんがやってきて、機を織るから覗いちゃダメですよーって話の。あ、察した?そう、ご名答。その助けた鶴ってのが……。
「あの詐欺師、鶴野だった、ってわけだ」
詐欺師、鶴野恩之丞。鶴時代は美人さんだったらしいが、実は今も昔も生物学上はオスとのこと。しかも今世はガタイのいい男で、尚且つオネエだ。鶴時代の鶴野は小路井刑事の家に御伽噺の通りに入り込み、覗いちゃダメですよーって言って閉じこもった。んで、そのまま数日間出てこないもんだから、心配になった小路井刑事が部屋を覗いたら……。
「あんの馬鹿鶴はうちにあった金品を風呂敷に目一杯包んで持ち去ろうとしてやがったんだ!俺はあの時のことは一生忘れねぇ!あの馬鹿鶴、なんていったと思う?『あらぁ、バレちゃった?ま、いいわ。貰うものは貰ったし。じゃ、優しいおじいさん、アデュー』だ!」
おい、何時代だ、って思ったお前はオレと同類な。アデューってなんだよ、ってね。そうだよな、八〇〇年前に日本にフランス語があったとは思えねぇよな。あってポルトガル語だったよな。いや、ポルトガル語すら入ってきてなかったはずだ。オレも吃驚だよ。……っと、話が逸れたな。まぁ、あとはお察しだ。小路井刑事が呆けている間に鶴野は逃走。因みに、罠にはまってたのは自作自演だったらしい。息子や孫への遺産を残してやるどころか、日々の生活も危ういまでに金品を奪われちまったことに気づいた小路井刑事はそのままショック死。めでたくない、めでたくないー、ってわけだ。ひっでぇ話だろ?で、ここで終われば、まぁ良かったんだろうが、な。
「俺が母ちゃんの腹から出てきておぎゃあと泣いた時、俺は思い出したんだ。忌々しい馬鹿鶴にしてやられたことを……」
なんつったっけ?転生?だったか?ってやつをして、前世の記憶を持ったまま小路井刑事はこの世に生まれてきた。んで、あの悪鳥を捕まえることは叶わないが、似たような奴は巨万といる。自分みたいな惨めな目に遭う奴を助けたいー、ってことで小路井刑事は刑事になったらしい。とんだ自己ま……いや、何でもねぇ。
ま、でも、世界もよくできてるよな。小路井刑事がやっとこさ刑事になった頃、鶴野が現れた。人間に転生したアイツは、また詐欺、窃盗をやらかすようになった。さらに、その初事件を担当したのがまだ新米だった小路井刑事。初めてそれ聞いた時、うわー世間って狭いなーって真顔になったよ、オレ。そう、今のお前みたいな顔。なんかいろいろ一周回って真顔になるよな。わかるわかる。
結局、散々におちょくられた挙句、きれいに逃げられたらしい。それが何回も続いた結果、この『鶴野係』こと『鶴の仇返し係』ができたってわけ。そ、恩返しじゃなくて仇返し。恩を仇で返す鶴だから、元の御伽噺をもじって『鶴の仇返し係』。馬鹿っぽいだろ?……あ、これオフレコで頼むぜ?小路井刑事はクソ真面目に考えたらしいからな。あ?口止め料?……仕方ねぇな。今晩、飲みいくか。奢ってやるよ。だから、その仕事をさっさと片付けちまいな。ああ、最後に。ココに来ちまったからには、少なくも胃薬と頭痛薬は必須だ。ちゃんと初回は医者に行って自分に合う薬を処方してもらうんだ。いいな、覚えておけよ。
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